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十和田神社正門大鳥居

北奥最大のパワースポット
十和田八幡平国立公園の聖地へようこそ

拝殿正面天井に彫られた宮彫師の魂が宿る彫刻群

木と語り、心を組む宮大工
宮彫師の魂が、宿る彫刻群

匠たちの心のコラボが奏でる戯曲

主祭神「日本武尊」本殿

魂が白鳥と化し大和を目指し飛びたったという伝説が『古事記』や『日本書紀』に登場する英雄「ヤマトタケルノミコト」
十和田神社「下手狛犬」
十和田神社「本殿」

​本殿

十和田神社「上手狛犬」
宮彫師の拝殿廊下上手の彫刻

​拝殿下手

「本殿」横全景

​本殿

宮彫師の彫刻「拝殿廊下上手奥」

​拝殿上手

「末 社」

末社「稲荷神社」全景

​稲荷神社

末社「熊野神社」全景

​熊野神社

青龍権現/南祖坊が唱えた「法華経碑」
​蓮華經碑

​蓮華経

手水舎「口から水を流す青龍像」
​鳥居123
十和田神社「手水舎」全景
​手水舎
手水舎「口から水を流す青龍像」
御前ヶ浜から望む青龍宿る神秘の湖「十和田湖」

青龍宿る、神秘の湖

​御前ヶ浜

「青龍権現」(南祖坊)が鎮座する御倉半島≪奥院/おくのいん≫。占場は,南祖坊が十和田湖に入定したとされる神聖な場所です。カミの宿る山「御倉山」や奥院「御室/おむろ」を正面に参拝者は拝みながら散供打ち(さんぐうち)を行っていました。散供打ちとは、銭や米を紙に包み神に祈って湖中にそれを投じる占いです。「オサゴ場(占場)」へは、急勾配の崖に築かれた40mの鉄の梯子を下る為、非常に危険です。残念ですが、現在は入場禁止になっています。「カミ」の前の浜「御前ケ浜」(乙女の像の前の浜)でも、同様の効果があります。こちらで「占いと祈り(散供打ち)」を頂き、ご参拝を完了ください。

青龍イメージ画

「神泉宛」​

十和田青龍大権現社鎮座​

神泉宛
​神泉宛は御倉半島を望む山頂の台地にあり、南祖坊が一念に「法華経」を唱え天に祈りを捧げた神聖な行場の一つです。【南祖坊尊像を祀る祠】と【十和田青龍大権現社】が鎮座します。神泉苑の断崖絶壁を40m程下った所が、南祖坊が、十和田湖に入定し十和田青龍大権現となったとされる「オサゴ場/占場」です。
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山の頂「神泉宛」へのアプローチの階段

​占い場の説明

サング打ちとは、オサゴ場で御室(奥院)に向けて龍神に祈り、おうかがいを立てる作法を示します

十和田神社の右奥を下ると「神泉苑」の山頂へ登る階段があります。(左画像)。登った先の台地「神泉苑」は、中湖(なかうみ)と、「カミ」の宿る御倉半島の「御室(奥院)」を望む場所で、南祖坊が、一心に、祈りをささげた場所でもあります。南祖坊を祀る祠と、十和田青龍大権現社が鎮座します。

「神泉苑」を下った中湖の水際は、南祖坊が入定し青龍権現になったと伝わる神聖な場所で、参詣者が、散供打ち(占いと祈り)を行う「オサゴ場(占場)」があります。占場に至るには落石もあり大人でも非常に危険な為、残念ですが、現在は、入場できません。

平安時代後期より、者はカミの宿る山「御倉山」に向かい、南祖坊が鎮座する奥院「御室」を正面に、拝みながら散供打ちを行ってきました。御倉半島奥院「十和田青龍大権現/南祖坊」へご祈願することこそが、参詣(信仰)の目的だったとされています。

現在は、「御前ヶ浜(乙女の像の前)」でも、「オサゴ場(占場)」同様の効果があることから、散供打ちにお越し頂いた皆様は「御前ヶ浜」にて、「散供打ち(占いと祈り)」をご作法ください。

 

※散供打ちとは、銭や米を紙に包み、神に祈って湖中にそれを投じる占いで、「オサゴ場」とは「御散供場(おさんぐば)」がなまったものです。お申し込みは、拝殿前の「授与所」で承っております。

※オサゴ場前の湖底からは1903年から4回の引き上げ作業で、中国銭や朝鮮銭、寛永通宝など古銭約3000枚と銅鏡や剣が発見されています。

熊野神社から「神泉宛」登山口に至る石畳の坂道
「占い場」の開設看板
山頂「神泉宛」への登山口階段
山頂「神泉宛」へのアプローチ階段
山頂「神泉宛」への登山階段
南祖坊尊像を祀った祠

南祖坊尊像を祀る祠

神泉宛に鎮座する「青龍大権現社」全景

十和田青龍大権現社

神泉宛に鎮座する「青龍権現社」と南祖坊の祠

​神泉宛から望む御倉半島

神泉宛頂上岩に鎮座する「八幡様」全景
神泉宛頂上岩に鎮座する「八幡様」クロースアップ

​八幡様

神泉宛頂上岩の全景

神泉宛の頂上岩。南祖坊が修業した行場の一つ、御倉半島を望む絶景で、岩の頂上には「八幡様」を祀っています

「占場」​から望む御倉半島に鎮座する奥院

占い場から望む御倉半島と十和田青龍大権現が鎮座する御室
占場から望む​最も神聖な御倉半島に鎮座する「十和田青龍大権現」御室/奥院

「青龍権現」(南祖坊)が鎮座する御倉半島≪奥院≫。占場は,南祖坊が十和田湖に入定したとされる神聖な場所です。カミの宿る山「御倉山」や奥院「御室」を正面に参拝者は拝みながら散供打ち(さんぐうち)を行っていました。散供打ちとは、銭や米を紙に包み神に祈って湖中にそれを投じる占いです。

IMG_2379[1]御倉半島.jpg
御倉半島「御室」の真上の雨雲が割れ、差し込む太陽の光線
​占場から望む「奥院/御室」
湖上から見た「十和田神社占い場」全景
​十和田神社占場
十和田神社占い場を示す祠
​十和田神社占場
占い場に鎮座する杉のご神木
​占場「杉のご神木」
神泉宛頂上から40m下った占場へのアプローチ鉄の梯子階段
​神泉宛から占場
​へ降りる鉄の梯子
南祖坊が�十和田湖に入廷したとされる「占場」の水際
​「南祖坊」が十和田湖に入定したとされる神聖な場所

神聖な占場での散供打

​【占場(オサゴ場)】

​ここは古来より龍神信仰の霊験あらたかな所であって人智、人力の及ばない処を御神力によって世の安泰を祈る所である。されば昔から社参のともがら此所に来って、至心に一切のことを占い求めました。

 

万一うけひき給わぬ時は、いずこよりか深山鴉飛び来て、占い紙をくわえ去ったと語られて居ります。想いを込めて占問うものは何ぞ。

 

すなわち、年穀の豊区、海漁の予測をはじめ、事業将来の成不成、病気本復の速不速、交通安全、念願の成否、嗣子の有無あらゆることを占トして神意心当、まことに畏るべくまた敬すべく秘奥の旧儀なのであります。

​恵比須天・大黒天を祀る果報島

​恵比須天・大黒天を祀る果報島

御前ヶ浜の先にある果報島。上に恵比寿天、大黒天を祀る社殿が建っています。御前ヶ浜とはカミ(十和田青龍権現)の前の浜という意味で、乙女の像が立つ場所です。白砂の浜で、鎧島、兜島、恵比寿島、大黒島が浮かび、松が群生しています。恵比寿、大黒島は浜のすぐ近くにある島でわずかに離れた二島になっています。参詣者は銭を投げて島に入ると「果報」が授かるとされたことから、この二島を合わせて「果報島」と呼んでいます。浜辺に打ち上げられる古銭は、平安時代後期から山岳霊場として参詣者で賑わっていた、時代を物語っています。

開運の小路

境内から御前ヶ浜へと至る小路の途中には、多くの岩窟があり「日ノ神」「天ノ岩戸」「金ノ神」「山ノ神」「日ノ神」「風ノ神」など、神々が祀られています。

火の神鳥居画像

​日ノ神

御前ヶ浜から望む青龍宿る神秘の十和田湖

青龍宿る、神秘の湖

天の岩戸鳥居画像

​天ノ岩戸

霊山十和田は、俗界を離れた清浄な地、自然の霊力に満ちた湖水を湛えた奥深い山岳であり、山岳修業を行うための場所として開かれた霊場でした。神秘な十和田湖の霊山幽谷を行場として行者が修行した場所が多く点在します。

「修験道」は、厳しい自然環境にあえて身を置くことで心身を鍛錬し、悟りを開くことや、「山中他界」にて六根清浄せしめることが求められていました。日本独自の宗教で、外国にはない山岳信仰と仏教が習合した信仰で、霊山・深山幽谷に分け入り、厳しい修行を行うことによって、超自然的な能力を得て世を救済しようという宗教でした。そして、山々に伏して修行する姿から「山伏」と呼ばれていました。

こうして、心身を鍛錬し悟りを開くための「行場」とされた箇所が、「霊山十和田の遺産」として、残っているのが、「開運の小道」に沿って点在する「行場」とされた洞穴で、「日ノ神」「天ノ岩戸」「金ノ神」「山ノ神」「日ノ神」「風ノ神」が,祀られています。
金の神鳥居画像

​金ノ神

山の神鳥居画像

​山ノ神

火の神鳥居画像

​火ノ神

風の神鳥居画像

​風ノ神

※岩壁の反対側にも岩窟らしきものが残っており、かつては、御前ヶ浜を囲むように修行場が展開していたとされています

​ご神木「女木」めぎ

​鳥居をくぐり本殿へのアプローチの小道には、大杉の巨木をはじめ多彩なご神木が鎮座します。苔が生えた岩を割り根ざすご神木の姿は、圧巻です。手水舎の前に鎮座する人間の姿に似たご神木「女木」を、ご覧ください。
ご神木「女木」

​大地に根ざす二本の足、こんもりと膨らんだお腹、樹形が妊婦を思わせることから、古来より「子宝・安産・女性の無病息災」にご利益があるとされるご神木【女木】。

夫婦と笑顔の赤ちゃん

​ご神木「女木(めぎ)」

​古来より「子宝・安産・女性の無病息災」にご利益があるとされるご神木【女木】。

女性の無病息災のご神木「女木」
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